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またまたええ本がありましたんで、紹介すんべ。
「戦争プロパガンダ10の法則」アンヌ・モレリ著
もともと第一次大戦後にアーサー・ポンソンビーなるウィンザー城生まれのイギリス人平和活動家が提唱した戦争プロパガンダについての10の法則を現代の実例を挙げて解説してる本です。
非常に簡潔にまとめてあるので読書が苦手な現代っ子にもオススメ。
図書館で探してみようぜっ☆

で、肝心の10の法則なんですが
番号のあとに法則、>の後に俺なりのまとめをかいてみました。
①われわれは戦争をしたくない。
>まずは平和を愛していることを見せかける。
②しかし敵側が一方的に戦争を望んだ。
>自らを被害者であるかのように装い、全ての責任を敵になすりつける。
③敵の指導者は悪魔のような人間だ。
>敵指導者の悪を強調して敵の一般民衆の個性を打ち消し、その存在を隠蔽する。
④われわれは領土や覇権のためではなく、偉大な使命のために戦う。
>経済的、地政学的な征服欲を国家の独立、自由、名誉などの防衛と言う名目にすり替える。
⑤われわれも誤って犠牲をだすことがある。だが敵はわざと残虐行為に及んでいる。
>敵の攻撃を異常な犯罪行為とし、悪党だと印象付けると同時に自国の軍隊の活動を正当化する。
⑥敵は卑劣な兵器や戦略を用いている。
>自国に対して敵はアンフェアな戦いを行っているとする。自国が同じ兵器、戦略を用いればそれは巧妙で合理的なものと説明される。
※非人道的な兵器について:ある兵器が非人道的であるとするのはそのような兵器を必要としない国や勢力である。考えてみれば毒ガスを受けた兵士と顔面に砲弾の破片を受けた兵士にどのような差があるだろうか?また対人地雷で子供が犠牲になることと誤爆で子供が犠牲になることに何らかの違いがあるだろうか?
⑦われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大。
>国民に対して自国は勝者であるとする。
⑧芸術家や知識人も正義の戦いを支持している。
>戦争の嘘をより感動的にするために作家や知識人が動員される。
⑨われわれの大義は神聖なものである。
>神聖な大義であれば、何があっても守らなくてはならない。神聖とは純粋に宗教的でない場合もある。例えば自由や民主主義に対する場合など。
⑩この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である。
>戦争プロパガンダに疑問を差し挟まれることを未然に予防する。

とりあえずこんな感じだとわかりやすいかな?

民主主義の先進国においてもマスメディアは基本的に政府寄りであり、特に戦時中はそうなります。
また、全てを疑うことは行動の遅延や断念に起因する犠牲がつきまといますが、全てに盲従することによる犠牲がそれを越えるであろうことは明らかでしょう。
我々、民主主義国家の国民は主権者たればこそプロパガンダの性質とその意図を良く理解し、常に疑問を持ち慎重かつ的確に行動することが求められます。

付記:プロパガンダに関わったものが後になってそれを白状することがよくあります。しかしそのときプロパガンダの役割は既に終わっており、その人物も特に保身の必要性がなくなっている場合が殆どです。そしてプロパガンダの否定が当のプロパガンダ以上に宣伝されることは少ないのです。
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久しぶりにいい本に出会いましたよ。
「人はなぜ戦うのか 考古学からみた戦争」松木武彦:講談社選書メチエ
縄文時代、戦争という文化そのものがなかった状態からいかにして戦争文化が根付き、日本という閉鎖的な空間の中でどのように咀嚼され、発展していったかを最新の考古学的資料を基に推測しています。
ノモンハンや第二次世界大戦で明らかとなった日本軍の頑迷な体質を既にヤマト王権成立期の倭軍に見るなど、なかなか興味深い内容です。
この本の真価は従来の日本で圧倒的であった唯物的な戦争観、すなわち「支配階級の強制・抑圧による戦争の主導」の不備をただし「利得獲得の希望に基づく被支配階級からの戦争の歓迎」もまた戦争発生の主要因であることを解き明かしていることにあります。
例を挙げるならば先の大戦において日本の大衆は決して指導者層から戦争を押し付けられたわけではありません。むしろ一般大衆からの突き上げが指導者層に戦争への舵取りを選択させた面が多分にありました。
また、この場合の利得とは単に略奪等によって得られる経済的・物質的なものにとどまらず、(社会が複雑な発展を遂げている場合は特に)非物質的な利得も無視できないといいます。
実際に現代の自爆テロ等は遂行者の物質的な利得は殆どなく、社会構造そのものから非物質的な利得を得る形になっているように思います。
歴史に関する叙述では時期・地域ごとの古墳の分布・副葬品の内容と当時の情勢(国際的なものも含めて)を交えたヤマト王権発生の過程の推察が非常に説得力のあるもので勉強不足の身には目からうろこが落ちました。
地味ですが非常に素晴らしい本です。おすすめ~
学校帰り近所の小さな本屋さんにいったみたんですね。
そしたらなんか光人社NF文庫がスゲーいっぱいあるんですよ。
小さい店なのにこの偏ったラインナップは何なのか。
ちなみにこの文庫シリーズは今の時代にあってなおやたらマニアックな戦史研究本を刊行し続けてる軍事版の岩波文庫みたいなやつです。
学研M文庫あたりはこれに比べたらまぁライト気味ですよ。

で、2冊ほど買っちゃった。テスト前なのに。タイトルは
「戦時商船隊~輸送という多大な功績~」
「ドイツの火砲~制圧兵器の徹底研究~」
もう俺の趣味もだんだん地味になってきてる様です。
でも実際問題として商船も大砲もスゲー重要な要素なわけで。
特に商船に関しては島国輸入大国である日本は殆ど商船が支えてる訳ですが、海運に対する国民の関心の低さは凄いものがあるように思います。
マラッカ海峡知らない人とかきっとたくさん居るに違いない。
まぁ、テスト終わるまではあんまり読まないと思うです。
実は「中世フランスの社会」は原本が一世紀以上前のもので、年代記からの引用が疑わしいのかどうかも説明なしに羅列されてるような本だったので知識不足の俺が読むようなものではないなーと判断。
返却~。
代わりに「西欧中世史 上・中・下」と「ローマ軍団大百科」を借りてみました。
ローマ軍団大百科はちょっと読んだところ非常に慎重な本で古文書や考古学的遺物の情報確度の解説から始まってる所がなかなかよさげです。
推測でしかないことをあたかも確定した事実であるかのように書くのはこの手の本には禁物ですからね。
おかげでどうやらローマ軍団に関する信頼できる情報が思っていた以上に少ないらしいと言うことが分かりました。
西欧中世史は概観的な勉強をあんまりしてないので、断片的な知識をつなぐ為にも読んどこうみたいな。

ああ、結局料理してないや・・・
金曜日に図書館でいろいろと本を借りました。
その日のうちに「マキアヴェッリ語録」は読み終わり。
短い上に納得しやすい論ばかりなので異様にあっさり終わりました。
マキャベリはイメージ的に不人気ぽいですが彼は随分まっとうな事を言ってると俺は思いますね。
土曜日は「ローマ人の物語IX キリストの勝利」を、日曜日は「古代ローマの戦い」を読みました。
ローマ人の物語は4世紀中後期、そろそろ読んでて辛い局面です。
ローマはもはやローマと呼べるのかどうかも怪しい状態になっていきます。
軍団のプロフェッショナル化が進行し内戦で失われた兵力は容易には回復できず、特に西方の防衛線は溶解して曖昧な勢力範囲に成り下がる。
もう帝国全体をかつての健全な状態に戻すことは望むべくもない。
体制が上層から腐っていく一方でキリスト教勢力はとうとう皇帝を支配する術を見出し始め、中世カトリック社会への道を着実に歩んで行きます。
そしてローマはとうとう東西に完全に分裂。
古代ローマの戦いはローマ軍団の変遷からローマの歴史を俯瞰する構成で政治の変化と軍制の変化を相互補完的に捉えているのが印象的でした。
特に帝政中期以降の帝権の不安定さの原因として皇帝と軍団との過度の結びつきを挙げている点は非常に納得のゆくものでした。
戦闘そのものでなく、基本的に軍事国家であったローマの軍制そのものがいかに他に影響を与えたかに焦点を当てているのは素晴らしいです。
そうなると逆に一般受けを狙ったようなタイトルの外し具合が微妙なわけですが(もっとも有名な会戦は図入りで解説されています)
なかなかの良書でした。
次はフェニキアの本と中世フランスの社会についての本が待っております。

あー、本ってやっぱ最高だな。
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Author:gram
大阪発名古屋行の大学生。
趣味領域は軍事歴史SF。
ついでに酷い変態。
日常生活を楽しむことをモットーに日々を生きる。

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